てきすとくえすと(Lv.1)

ぶんしょうをかくれんしゅうちゅう。8/8で1歳になりました。

絶望エネルギー論という名の

おはようございます。

週明けから2日連続でリポビタンD(ドクター)のお世話になる程度に

体がボロボロです。9月忙しい...。

 

 

昨日はとあるツイートをきっかけに

「絶望はエネルギーにもなり得る」的なことを考えていたので、

ちょっとそういうことを書いていきます。自分語りです。

別に今人生が辛いとかじゃないです。

むしろ楽しいけど自分には常に絶望してる。

 

 

私は、向上心が強いのか、ただの負けず嫌いなのか、

わからないけどずっと前だけを上だけを目指してきたと思う。

結果にはつながっている気がしないけど、少なくとも思考はずっと、

「今よりもっと」を考えていたように思う。

(なんか「今よりもっと」って経営者の掲げているアレみたいだ...)

 

傍から見ると真面目で実直で、その上前向きに進もうとしている

「良い人」に見える。

 

 

でも、上を目指し続ける人間に起こる副作用は、

「自分が下だと自覚し続ける」こと。

そこから謙虚になって頑張れる人間もいるけど、

人間だもの、なかなかいつもそうとはいかない。

 

上はどこまでも遠くて、自分はどこまでも下で、

どうして自分はできないんだろう、どうして自分は頑張れないんだろう。

努力すればいい。実践すればいい。考える暇があったら行動すればいい。

わかってたって、差はどこまでも広がっていって、埋められなくって、

最初から自分はダメだったんだ、なんて、

 

自分に絶望する。

そしたらもう、前向きになんて頑張れない。

 

運悪く絶望した時点で心折れなかった人間は、恨むのだ。

世界を、上の人間を、そして自分自身を、恨んで恨んで恨んで、

恨んだエネルギーで前に上に進んでいく。

まるで何かに”復讐”するかのように。

 

 

進む人間は前向きでもないし、良い人でもない場合だってある。

だけど進むのだ。人間だもの。

 

 

ただ、物凄いエネルギーが生まれて、進むにはとてもいいのだけれど、

恨みは所詮一時的なもので、息を吹きかけられただけでふっと消えてしまう。

恨む対象がなくなっただけで、ふっと消えてしまう。

 

絶望からくる恨みエネルギーも、栄養ドリンクみたいなもの。

使いすぎると結局体はボロボロになるので、

用法用量を守っていざというときだけ使わないとなー。

 

 

以上、絶望エネルギーの考察と見せかけた

自分のドロドロな感情吐き出しでした。

 

 

 

■今日のBGM

 

絶望の間で揺れる少女の曲。

 

 

トーマさんの曲の中でも1.2を争うくらい好き。

最初観たときはトーマさんがこんな可愛い曲つくるんだ!と

びっくりしたものです。

 

揺れる感情と同調するように変化していく曲調が素敵な曲。

 

 

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今日も仕事忙しいだろうなぁ

ちこくちこくー